去る2024年5月30日に、近年注目のAIの大規模活用をテーマに、エンソート主催のプライベートイベントがミッドタウン日比谷6FのBASE Qで開催されました。
このイベントの目的は、科学研究開発が事業の基軸となる企業の経営者、研究開発リーダー、研究者、そして研究開発DXに携わる方々に産業界でのAI活用が急速に広がる中で、真のデジタルトランスフォーメーション(DX)への取り組みの緊急性を再認識していただくことでした。また、イベントでの人的交流を通して、研究開発や研究開発DXに携わる方々がつながり、コミュニティを活性化するための機会を提供することも目的としていました。
本記事では、当日の写真とともにイベントのハイライトをご紹介します。
開会の挨拶
私たちは今、AIの活用がもたらす未来を作る瞬間を共有しています
Cowanは来場者および講演者の皆様に対し、ご参加とご協力に感謝の意を表し、これが共に研究開発の未来を創造するための重要なコミットメントであると述べました。また、イベントを通じて活発な人的交流が行われ、多くの良いインスピレーションが得られることを期待していると語りました。
基調講演
基調講演は、下記の3部構成で行われました。
- 「日本のデジタルトランスフォーメーションに向けて」
渡辺 琢也 氏(経済産業省 商務情報政策局 ソフトウェア・情報サービス戦略室長) - 「次世代計算能力・資源を経営戦略に取り入れる」
小柴 満信 氏(JSR株式会社 前 名誉会長、 Cdots合同会社 共同創業者) - 「パイロットから本番まで - 研究開発における AI の活用」
Mike Connell, EdD(エンソート 最高執行責任者)
基調講演 -1「日本のデジタルトランスフォーメーションに向けて」
デジタル・AI人材の育成から計算資源の確保、電力の供給に至る政府の包括的支援
渡辺氏は、日本がインターネット革命において経済規模に大きなインパクトを残せなかったことに触れ、その結果としてAWSやAzureなどのクラウドサービスや、MetaやGoogleの広告プラットフォームなど米国テクノロジーへの依存が進み、デジタル赤字が膨らんでいる現状(2023年で5.4兆円、前年比0.5%増)について説明しました。さらに、進行中のAI革命によってバリューチェーンが再構築されつつある今、市場のニーズを的確に捉え付加価値を提供すれば、競争力を確保できるチャンスがあると語りました。
続いて、日本のDXを推進するための政府の支援策についても説明がありました。支援策はデジタル・AI人材の育成、生成AIの開発促進、計算資源レイヤーの研究開発、データセンターの設置や計算資源の確保、電力供給の確保などを包括的にカバーし、日本のデジタル競争力強化への基盤を築くことに対する政府の決意が強く感じられました。最後は、これらの政府の取り組みと企業の取り組みが一体となることを期待した「一個一個の弾をこめていくのは、民間事業ですので、イノベーションに対しての投資を進めて欲しい」とのメッセージで講演を締めくくりました。
基調講演 -2「次世代計算能力・資源を経営戦略に取り入れる」
日本企業は、DXをビジネスモデルに取り入れる取り組みを
小柴氏は、冒頭で歴史的な世界秩序の変化に触れ、「世界は軍事・防衛力、経済力、先端技術の3つの力によるパワーゲームが展開されている」と述べました。そして歴史的に覇権の背後には常にテクノロジーが存在すると、先進技術が国や企業の競争力を決定づける重要な要素であることを強調しました。
次に、アメリカと日本のデジタルトランスフォーメーション(DX)の格差について言及し、特に先端半導体の社会的活用量が10対1と、日本が圧倒的に遅れをとっている点を指摘しました。具体例としてiPhoneを挙げ、iPhoneに使用されている技術の約70%が日本製であるにもかかわらず、日本がこれらの技術力を十分に活用できていない現状を述べました。そして、日本はDXをビジネスモデルに生かし、単なる改善や最適化を超えた新しい取り組みを進める必要があると強調しました。
さらに、小柴氏は未来を見据えた戦略の重要性についても言及しました。今後、コンピューティング能力が10倍、100倍、1000倍に向上していく中で、その能力をいかに戦略に取り入れるかが鍵となると述べました。一例として、マテリアルズインフォマティクスの分野で、計算資源を使った原理計算でデータを生成し、AIを用いて解析することが、DX2.0の一つの形となるだろうと述べました。そしてデータ生成のシミュレーションを行うために、ドメイン知識がますます重要になるだろうと、近未来の科学とデジタル技術の融合のあり方について語りました。
ご参考:
- 人工知能(AI)と機械学習(ML)をワークフローに組み込み、効率化とスピードアップを実現するマテリアルズインフォマティクス
- 「デジタルトランスフォーメーションの実践」DXをビジネスモデルに取り入れるとは?
基調講演 -3「パイロットから本番まで - 研究開発における AI の活用」
思考の速さで変革を起こすAIがもたらす急激な変化を見据え、早期に変革への行動を
ChatGPTがわずか5日で100万人以上のユーザーを獲得したこと、AIが前例のない思考と同じ速さでの変革を可能にしていること、この急激は変革は不可逆的であり、先を見据えて行動していくしかない、という前のお二人の講演でも繰り返された変革への行動にすぐに着手することの重要性が示されました。
一方で、過去20年間のDXの成功率の低さにも触れ、現在の生成AIの取り組みも同様に成功と失敗を繰り返していると述べました。続いて、AI時代に成功するための3つの原則を紹介しました:
- ビジネス価値から始める:ゴールとなるビジネスへの影響とROIを念頭に置いて取り組む。
- 技術以上のことをパイロットする:技術の実装だけでなく、プロセス変更の可能性やビジネスインパクトを包括的に検証し、リスクを軽減する。
- 変革を主導する:DXリーダーとしての仕事は、パイロットの後に本格化する。
講演の最後には、これらの原則を実践して成功している具体的な事例を紹介しました:
- Recursion(バイオテック企業):創薬プロセスにおいて、物理ベースの方法では100,000年かかるスクリーニングをAI利用で1週間に短縮。
- パシフィックノースウエスト国立研究所:イオン電池の素材検証において、2週間のスクリーニングで3200万の材料から23の有望な候補を発見。
- ロールスロイス:ディープラーニングモデルを用いて、物理実験1回あたりのコストを50,000ドルから数セントに削減し、速度を10,000倍に向上。
ご参考:
ブレイクアウトセッション
「DXリーダーシップの実例から学ぶ、デジタル変革成功への戦略と視点」もしくは、「60分でできる!ゼロからのAI活用」の2つのプログラムが提供されました。
Mike Connellの講演で「AI時代に成功するための3つの原則」の一つとして触れられた、変革を主導するDXリーダーにとってのDX成功要因をご紹介しました。この後、半導体、エネルギー、製薬業界で研究開発DXのリーダーとしてご活躍の皆様にご登壇いただき、パネルセッションを行いました。
このセッションでは、研究開発での代表的なユースケースである大規模言語モデル(LLM)を活用した学術文献からのデータ抽出とその可視化のプロセスを取り上げました。髙味博士は、日本語のプロンプトを用いChatGPTと他の開発ツールを組み合わせて、ゼロからミニアプリケーションを構築するデモンストレーションを行いました。
ネットワーキングレセプション
Facebookにて、その他の写真をご覧いただけます。
ご登壇いただきました講演者の皆様、当日会場に足をお運びいただいた皆様、誠にありがとうございました。
講演内容にご興味をお持ちの方は、こちらからお問い合わせください。
#R&D イノベーションサミット #研究開発DX #AI #リーダーシップ #チェンジマネジメント
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