研究開発におけるイノベーションの規模拡大は、ラボからラボまで、また、ラボから最終顧客までの2つの側面において意欲をそそる課題であると考えることができます。研究開発の効率性が100倍、1000倍に向上すると、組織は研究開発からエンジニアリング、製造、そして大きなビジネスチャンスがある市場へと適応するよう力強く後押しされます。
漸進的進歩vs可能性の創出
今日のライフサイエンスの研究開発ラボは、既存プロセスにデジタルテクノロジーを導入することで徐々に進化し、測定可能な漸進的改善を数多く実現しています。小規模で専門性が高くアジャイルなチームでよく見られるこうした改善であれば、組織は規模拡大の方法を十分理解しています。
一方で、こうした小規模なチームが研究開発結果を桁違いに改善することで可能性を実現させている企業もあります。弊社エンソートではこれを「アプライドデジタルイノベーション」と呼びますが、この魔法を組織レベルに拡大させることは、漸進的進歩の拡大とはまったく別の課題です。
たとえば、アプライドデジタルイノベーションで企業が追求できる可能性の例として、創薬期間を数十年から数か月に短縮する、研究開発コストを数十億ドルから数百万ドルに削減する、ワクチンを数年でなく数か月で開発するなどが挙げられます。このような可能性を実現できれば患者(いわば「顧客」)と株主に莫大なメリットを提供でき、業界にとっては夢のような一挙両得になります。この価値の組み合わせは、新たな可能性の実現と拡大に必要なデジタル能力と組織改革への投資を行うための説得材料となります。
経営層にとって真の課題は、研究開発ラボにおける桁違いの成果をどのようにして組織全体に拡大するかということです。
組織全体へ拡大する際の課題
研究開発ラボのパフォーマンスに関する重要イノベーションの拡大は、次の2つの側面において意欲をそそる課題であると考えることができます。第一がラボ同士です。それも得てして各々が違う国にあり、ITインフラ、組織カルチャーなどもそれぞれ異なります。第二がラボから最終顧客までです。研究開発ラボの効率や品質が100倍、1000倍に向上すると、組織の他部門もこの新しい現実を取り込もうと後押しされます。 このように連鎖がラボからエンジニアリング部門、製造部門、そして市場へと広がることで、事業モデルさえ刷新し得る大きなビジネスチャンスがもたらされます。
エンソートはこれまでの経験から、デジタルイノベーションを組織全体に拡大することが難しい理由は、既存アプリケーションの多くが短絡的に導入されていることにあると考えます。単独プロジェクトに取り組む小規模なチームには、最新のデジタルテクノロジーにアクセスし採用することで可能性を実現する能力が十分に備わっています。こうしたチームは独自で、もしくは多くの場合、外部リソースを活用しながら、常に分野特化で深い専門知識を相応の科学ソフトウェア、科学コンピューティングと結び付けています。
このようにチームレベルではプロセスとワークフローの変革が進んでも、関連する他チームの別個のワークフローをそれに順応させ進歩を取り入れることは、まったく別の課題です。 強行すれば、他チームがフラストレーションを感じるという結果になるでしょう。組織の進歩は個々のチームの進歩より遅いのが現実です。しかし、研究開発ラボチームのデジタル能力によって創出される数々の可能性を活かすには、従来の常識や慣行を変える必要があります。
たとえば、研究開発ラボが新たな技術で自動測定、自動抽出したデータにAIや機械学習を適用し、最終または最終に近い結果を出している場合が良い例です。 科学者がラボで早期に成果を出すことで、企業はビジネスチャンスを余すところなく形にし、顧客に届けることが可能になります。AIで新たな抗生物質を発見したMITや、画像解析技術で排卵パターンの変化を検出したBoston Generalなど、こうした成功事例は無数に存在します。
組織全体にデジタル能力を拡大するという重要な課題に、経営層は重点を置く必要があります。 マッキンゼー・アンド・カンパニー社は、デジタルテクノロジー、デジタルスキルが組織にもたらす「可能性」を大局的視点から考察し、ライフサイエンスにおける価値創造の重要機会として10の主な「戦場」という表現を使って紹介しています。デジタルによる成功は、戦いを選択し「個々のユースケースではなく、事業システムの全過程」に注力することでもたらされると同社は述べています。
同社が定義する、ライフサイエンスにおける10の「戦場」は次のとおりです。
- 疾病の解明
- 革新的なプロダクト設計
- データ統合によるエビデンス創出
- 開発オペレーションの効率向上
- 医療ニーズへの貢献
- 正確かつリアルタイムな顧客・患者対応
- インダストリー4.0
- デジタルとデータに基づく新規事業、新規ビジネスモデル
- デジタル組織
- テクノロジーのモダナイゼーション
同社は、各戦場は “… 同社は、各戦場は「“プラットフォームソリューション”を通じて大規模な価値提供が見込める事業システム分野です。プラットフォームソリューションを導入することで、密接な関係にあるデジタルユースケース群や分析ユースケース群に対して、特定のデータセット、データ基盤と分析基盤、分析モデル、顧客やエンドユーザー向けデジタルエクスペリエンスを機能させることができます」と述べています。
「自社のプラットフォーム機能を進化させる機会を継続的に追求し、次世代ソリューションを他社に先駆けて発見する企業が成功をつかむことができるのです。」
同社が指摘するように、「プラットフォームソリューション」を適切に導入することが重要な課題です。この課題に取り組む際は、自社にとって必要なものを次の3つの構成要素に分解して検討すると、目指すべきプラットフォームソリューションの枠組みを明確化できます。
- 企業インフラストラクチャ:クラウドかオンプレミスか、関連データの管理方法を中心に検討する。
- 先進的コンピューティングが可能な既製品/オープンソースのソフトウェアテクノロジー(主にダッシュボードと解析機能)。
- カスタマイズされたインフラストラクチャ:専門家が使用する高価値なソフトウェアソリューションを企業インフラストラクチャと相互互換で稼働させるための基盤
この「プラットフォーム」に加え、AI・機械学習ツールを含む専門的で高価値な科学ソフトウェアソリューションを構築します。 この環境が整ってこそアプライドデジタルイノベーションが誕生し、可能性が実現します。こうした先進的ソフトウェアソリューションで特に重要な機能は、科学者がAI機能や機械学習機能に容易にアクセスできるようにすることです。
上層部によるリーダーシップ
デジタルイノベーションを組織全体に拡大するには、長期的視点に加えて、取り組みの統率と資金的支援を担うリーダーシップが必要です。マッキンゼー・アンド・カンパニーロンドン支社シニアパートナーのクリス・ルウェリン氏は次のように述べています。「資金的支援に加え、変化の必要性を明確に説くストーリーがなければ、ビジネスリーダーの多くは短期的利益にこだわって目標を見失い、行動を変えようとする気持ちを一切失ってしまいます。」
これでは前述したとおり、デジタルテクノロジーによる漸進的進歩しか達成できませんし、それを拡大する方法なら企業はすでに知っています。
デジタル戦略には、研究開発ラボに漸進的進歩以上の可能性の追求も促す目標が含まれている必要があります。「人材、データ、テクノロジーに投資しても、価値が必ず後から付いてくるという保証はありません。投資対効果を示す資料を最初に作成し、少なくとも四半期ごとのペースで確実に価値に結び付いているかを確認する必要があります」とルウェリン氏は述べています。
研究開発ラボがもたらす可能性に関して説得力のある投資対効果資料を作成することは、通常半年後の価値の見通しを盛り込む漸進的進歩の投資対効果資料と比べると難度が高い作業です。
そのための準備作業として、漸進的進歩と可能性の2つを拡大するための自社の組織体制や組織能力を評価する具体的な方法については、エンソートの資料「デジタル成熟度を測る5つの要素(デジタル戦略、デジタルスキル、デジタルツール、データとデータフロー、データインフラストラクチャ)」をご参照ください。
長期的視野を持つ
DXは10年単位の時間を要する取り組みです。そしてデジタルイノベーションの組織全体への拡大もまた、数年にわたる熱意、リソース、集中力を要します。ルウェリン氏は次のように述べています。「企業は、どの戦場なら大きな賭けによって独自性を獲得できるのか、自社のポートフォリオに最高の価値を付加できるのかを問うべきです。2年以内にビジネス変革を達成できる戦場はそう多くありませんし、必要なリーダーシップ人材、変化への準備態勢、アセット、機能が組織として足りていない場合もあるでしょう。」
そして、判断基準は絶えず変動します。 デジタルテクノロジーはおそらくムーアの法則(チップ上のトランジスタの数)に従って進化し、機能は2年でほぼ倍になります。こうしたテクノロジーを進化のスピードに遅れることなく、自社の「プラットフォーム」やその上で稼働する先進的なソフトウェアソリューションで活用できることが科学企業にとって重要です。
ルウェリン氏はこう続けます。「ディープラーニング、転移学習、強化学習などの最先端の分析技術は、高度な解析ですでに変革が起きた分野をも破壊するでしょう。また、コグニティブコンピューティングや自然言語生成は、ロボティックプロセスオートメーションで自動化された事業プロセスの生産性のさらなる向上も可能にします。」
勢いの重要性
デジタルイノベーションを目標とする取り組みでは、ビジネス価値を迅速に提供することが不可欠です。 早い段階での成果がなければ、チームや組織は興味を失い、リーダーたちは明確な価値をもたらす他のプロジェクトやツールに注目するようになります。このようなプロジェクトやツール、取り組みでは往々にして、四半期で測定可能な漸進的進歩しか達成できず、先進的なデジタル能力によって実現できる「可能性」は見過ごされます。
研究開発ラボのアプライドデジタルイノベーションを組織全体に拡大するための計画では、早期の価値、つまり決定的な成果を迅速に提供しながら、メインプロジェクト全体が継続的に成功するよう考慮します。さらに、「可能性」発掘の取り組みも体系化して盛り込み、進化し続けるデジタル能力と同じペースで進化するよう計画します。この早期の価値提供は、経営層から相応の投資と支持を獲得するために不可欠です。
材料科学分野で早期の価値提供に成功した事例としては、アクティブラーニングでプロジェクトの大幅な効率改善を実現した企業があり、研究開発ラボが製剤コストを90,000ドル削減するとともに、市場投入スピードも3倍高速化されました。これは、漸進的ではなく早期のビジネス価値提供が、数年にわたるDXの取り組みに勢いとモチベーションを与えた良い例です。
最後に
ルウェリン氏は次のように締めくくっています。「ライフサイエンス業界ではDXがまさに始まろうとしています。デジタルと分析のテクノロジー、機能を大規模に導入し活用できれば、未だ満たされていない重要な患者ニーズに応えるという素晴らしいチャンスが広がります。」
ルウェリン氏が指摘する「ライフサイエンスにおけるDX」を成功させるためには組織全体で取り組むことが不可欠ですが、結局のところ、その起点となるのは研究開発ラボとその科学者たちです。だからこそ科学者は、急速に進化している科学ソフトウェアツールとその技法を身に付ける必要があるのです。
当社エンソートは、科学技術分野のデジタルトランスフォーメーションを促進し、新しいビジネス価値を創出します。DXについてご質問などございましたらお気軽にお問い合わせください。
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