イベントレポート | DXからインテリジェンス・ドリブンへ ~

エンソート創業25周年特別版 ー 2026 R&Dイノベーションサミット 開催レポート

2026年6月4日、東京・赤坂インターシティコンファレンスにて、エンソート合同会社主催・化学工業日報共催の「2026 R&Dイノベーションサミット」が開催されました。R&D領域のリーダーや経営層が一堂に会し、150名以上が参加。会場は活気に満ちていました。

エンソート創立25周年を記念した特別版として開催された本年度のサミットは「DXからインテリジェンス・ドリブンへ ~ 科学的R&Dイノベーションの次代」をテーマとし、AIが加速する時代において研究開発組織がいかに進化すべきかが多角的に議論されました。本記事では各セッションの要点をレポートいたします。

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目次

  1. 開催にあたって
  2. 研究開発はなぜDXで変われなかったのか? ―― KnowledgeとIntelligenceのデカップリングという未踏の課題
  3. レゾナックにおけるR&D DXの挑戦 ― データ駆動型研究開発による価値創造 ―
  4. Intelligence at Scale: エージェント型AI時代のR&D
  5. R&D変革を次世代へつなぐ
  6. まとめ

 

1. 開催にあたって

開催に先立ち、エンソート合同会社の代表である三井 俊男が、現在のR&D環境が置かれた切迫した状況を率直に語りました。エンソート 2026 R&Dイノベーションサミット 開会の挨拶 エンソート・代表 三井俊男

「2026年のデータセンターへの世界投資は100兆円規模に達し、半導体の世代交代サイクルもかつての3年から2年、さらに1年半へと前倒しされています。R&D組織には、より速く、より高性能な成果が求められている。しかし最大のボトルネックは、膨大に蓄積されたデータや知見を戦略的な知性へと昇華できていないことにある」と指摘。エージェンティックAIを活用したR&D改革こそが、エンソートが25年間の実績を基に推進する方向性であると宣言し、プログラムの幕を開けました。

 

2. 研究開発はなぜDXで変われなかったのか? ―― KnowledgeとIntelligenceのデカップリングという未踏の課題 和泉 憲明 氏(AIST Solutions / デジタル庁)

最初の基調講演では、「2025年の崖」問題の提起者として知られる和泉 憲明 氏(株式会社AIST Solutions Vice CTO / デジタル庁 シニアエキスパート)が、DXの本質的な失敗構造を論じました。

和泉氏は、多くの企業がDXに取り組んできたにもかかわらず、R&D組織の根本的な変革が未だ実現できていないと指摘。そして、その理由を「イノベーションの負債」として定式化しました。エンソート 2026 R&Dイノベーションサミット 基調講演 AISTソリューションズ、デジタル庁 和泉憲明氏

企業が進めてきたDXは「Knowledge層 = 蓄積されたデータや報告書などの形式知」のデジタル化にとどまっており「Intelligence層 = 仮説を立て、問いを設計し、知を組み替えるプロセスとしての知性」は、依然として研究者個人の暗黙知のままとなっています。

「ベテラン研究者が退職したとき、本当に失われるのはファイルではなく、データを意味づけ判断する知性(Intelligence)です。これが組織として設計されていない」と、和泉氏は強調しました。

そして、歴史的な視座から、産業革命からデジタル革命に至る100年単位の構造的変革を参照し、「第一次産業革命が筋力労働を機械に委ねることで『作業者』を『設計者』に進化させたように、生成AIはKnowledgeの処理を引き受けることで、人間とR&D組織の役割をより高次の知的活動へと引き上げる」と語り「引き算アーキテクチャ」の本質を紹介しました。

従来のDXは、既存のプロセスにデジタルツールを「足す」発想でした。しかし、和泉氏が提唱するのは逆の発想。つまり、AIにKnowledgeの処理を委ねることで、人間がこれまでこなしてきた「集める・整理する・ドラフトする」といった作業を組織から「引き算」し、浮いたリソースをIntelligence(仮説設計・問いの生成・意思決定)に集中させる構造です。

重要なのは、これが単なる効率化ではないという点です。AIへの委託は「やらないことを設計すること」であり、組織全体の知的活動の重心を上げるための構造的選択です。研究者が「知識を持つ者」から「知性の資本家」へと役割を進化させるための前提条件だと語りました。

また、長篠の戦いのアナロジーを引き、織田が鉄砲を「組織システム」として統合したのに対し、武田は補助武器として部分採用するにとどまったことに言及。「AIを持つ側と持てない側の差は容赦なく開く。重要なのは技術の有無ではなく、技術に対する組織構造の適応度だ」と警鐘を鳴らしました。

 

3. レゾナックにおけるR&D DXの挑戦
― データ駆動型研究開発による価値創造 ―
福島正人氏(レゾナック・ホールディングス 執行役員 CTO)

続いて、レゾナック・ホールディングスの執行役員CTOである福島 正人 氏が、同社が実際に歩んできたR&D DXの軌跡を豊富な事例とともに紹介しました。

材料開発における成果は具体的です。ポリマー屈折率の予測では、第一原理計算(DFT)が53時間を要するのに対し、機械学習モデルは0.25秒という圧倒的な速度で同等の予測精度を実現します。ベイズ最適化を用いたポリマー探索では、ランダムサーチの平均192回に対し、わずか4.6回で目標ポリマーを発見。42分の1の効率化を達成しました。熱硬化性樹脂の多目的最適化でも、AI予測によるフィルムが研究者による試行錯誤(25試作)を上回る性能をわずか3試作で達成しています。エンソート 2026 R&Dイノベーションサミット 基調講演 レゾナックCTO福島正人氏

これらを現場へ展開するため、レゾナックは電子実験ノートを中心としたデータパイプラインを整備し、各部門向けにクラウドベースのAI予測アプリを内製展開しました。さらに独自の生成AI「Chat Resonac」を開発したことで、80年の歴史の中に眠る手書き文書を含んだ過去の技術資産を、RAG(検索拡張生成)技術で活用できるようになりました。

2023年からはエンソートのMI Acceleration Programも活用し、累計約35名が参加。技術習得にとどまらず、プロジェクト運営、リーダーシップ、マインドセット変革の面でも成果を上げているということです。

福島氏が掲げるビジョンは「研究者が空気のように計算情報科学を使いこなす環境の実現」であり、AI・計算科学・実験を統合した「R&D OS」の構築へと向かっています。

 

4. Intelligence at Scale: エージェント型AI時代のR&D
Eric Jones, PhD(エンソート CEO)

SciPyエコシステムの共同創設者でもあるエンソートCEO、エリック・ジョーンズ博士は、AIエージェントの進化とR&Dへの実装フレームワークを提示しました。

ジョーンズ博士は、AIの発展をタイムラインで整理して紹介。2017年のLLM誕生、2022年にChatGPTが実用レベルへ到達、2025年2月には実際の作業をこなすAIエージェントが登場し、同年11月にはAIエージェント同士がチームで協働するフェーズへ。そして2026年6月の現在、こうした「エージェンティックAI」が、研究開発という「新領域へ拡張」する段階に差し掛かっていると述べました。

R&Dに実装されるエージェントが成功するための条件として博士が挙げたのは、データアクセス、ツール、手順書、記憶(経験)の四要素と、それらを束ねる「チーム」の設計です。単一のエージェントではなく、エンジニア、スーパーバイザー、司書、法律家、教授などの役割を持つ複数のエージェントが協働する構造が必要だと強調。具体的なユースケースとして、半導体CD測定(測長)のワークフローを例示しました。エンソート 2026 R&Dイノベーションサミット 開会の挨拶 エンソート・CEO エリックジョーンズ博士

新入研究員が専門家の知識をエンコードした「指導エージェント」のもとで作業を行い、解析、レポート作成、コンプライアンスレビューを経て人間による最終確認へと至る、完全なエージェント型ワークフローの実現可能性を示しました。

「Intelligence at Scale」とは、組織固有の専門知識をデータファブリック上にコード化し、AIエージェントを通じて組織全体に知性を拡張するという新しいパラダイムです

ジョーンズ博士は、「エージェンティックAIは、表面的な期待や盛り上がりに留まるものであってはなりません。今こそ、現在の技術進化を、科学的発見とイノベーションの最大好機へと変えるため、実践的で明確な一歩を踏み出すときです」と、締めくくりました。

 

5. R&D変革を次世代へつなぐ

ファシリテーターにエンソートの佐藤 祐樹を迎え、三社の研究者がパネリストとして登壇。五十 嵐渉 氏(第一三共株式会社 Scientist)、上原 周一 氏(住友化学株式会社 研究員)、濱野 藍 氏(出光興産株式会社)が、各自の現場でR&D変革を推進してきたリアルな経験を語りました。エンソート 2026 R&Dイノベーションサミット パネルセッション

三氏は、いずれもエンソートのプログラムを通じてデータサイエンスや計算科学を習得。自社のR&Dプロセスに実装してきた経歴を持っています。何が変革の原動力となったかどこに壁があったか変革を一過性で終わらせず組織に根づかせるには何が必要か—— 現場の生の声が、会場に集まったR&Dリーダーたちに共有されました。世代を超えて変革を引き継いでいくための視座が、この場から次の世代へと手渡されていく—— そんな熱量に満ちたセッションとなりました。

 

6. まとめ

閉会の辞に立った、エンソート合同会・社代表取締役社長の溝上 勝功は、一日のセッション全体を貫くメッセージを簡潔に総括しました。

「エージェンティックAIとインテリジェンス主導のR&Dは、SFでも未来の夢物語でもありません。「今」導入し、活用可能なソリューションです」と語り、変革への具体的な一歩を踏み出すことを参加者に呼びかけました。

直近でも、ある製造業の顧客が競合他社に対する競争力を得るため、エンソートのエージェンティックAIソリューションを選択したという事例を紹介。「資源の潤沢な競合相手に戦うために、難しい決断をされた。これこそがインテリジェンス・ドリブンの実践だ」と力強く語りました。エンソート 2026 R&Dイノベーションサミット 閉会の挨拶 エンソート 溝上 勝功

サミット後には、創立25周年記念レセプションが開催されました。科学とテクノロジーの交差点で、多彩なバックグラウンドを持つ参加者が会話を弾ませ、イノベーションの熱気はそこでも続きました。

 

オンデマンド動画:「Intelligence at Scale: エージェント型AI時代のR&D」

「SciPy」エコシステムの父と呼ばれているエンソートCEOのエリック・ジョーンズ博士によるセッションのオンデマンド動画も、ぜひご覧ください。

 

イベントレポート | DXからインテリジェンス・ドリブンへ ~

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