2026年2月25日、エンソート主催によるオンラインセミナー「エージェント型AIが変える素材開発の未来 〜 MIとの融合による『自律型R&D』の最前線 〜」が開催されました。
マテリアルズ・インフォマティクス(MI)と最新の「エージェント型AI」の融合をテーマに、産学それぞれの第一線で活躍する専門家が登壇。労働人口の減少や研究開発の属人化といった課題を抱える日本の素材産業において、いかにAIを「パートナー」として使いこなし、自律的な研究体制を構築すべきか、その具体的な道筋が示されました。本記事では、約2時間にわたるセッションの内容を凝縮してレポートします。
目次
- 素材産業におけるエージェント型AI活用 〜 材料探索・市場予測・データ基盤構築と将来展望 〜 MISTEM 合同会社 代表 向田氏
- マテリアルズインフォマティクスに関する活用事例紹介とエージェント型AIの活用模索 株式会社レゾナック 奥野 好成 氏
- エージェント型AIによる素材開発の自律化:知見を資産に変え、戦略的探索を加速する次世代R&Dシステム エンソート合同会社
- まとめ
1. 素材産業におけるエージェント型AI活用 〜 材料探索・市場予測・データ基盤構築と将来展望 〜 MISTEM 合同会社 代表 向田氏
MISTEM合同会社代表であり、信州大学・東北大学・大阪大学で特任教授を務める向田志保氏より、素材産業におけるエージェント型AI活用の将来像が示されました。

MIとフィジカルAIの融合
向田氏は、これからの材料開発は、デジタル空間での予測(MI)と、物理空間での自律的な実験(フィジカルAI)が融合する「サイバーフィジカルシステム」へと進化していくと説きました 。 そこでは、複数の役割(分子設計、文献解析、実験計画など)に分かれたAIエージェントが、人間のチームのように連携してプロジェクトを進める「マルチエージェント」の構造へと変化していくこととなります。
求められる「ブリッジ人材」と設計力
AIが進化する時代、研究者に求められるのは「AIを使う人」ではなく「AIと一緒に研究を設計できる人」です。向田氏は、以下の役割を橋渡しできる「ブリッジ人材」が重要になると指摘しました。
- プロダクトオーナー(課題を設定・明確化する人)課題を整理・可視化し、プロダクトの設計やコンサルタントのような役割も担う。
- エンジニア(課題を解決する人)AIを実装し、データ処理やツール開発を行う。
橋渡しが求めらえるのは、AIと人間の間だけではありません。材料開発の現場では、しばしば「組織の壁」に直面します。特に、研究側が「論文・知財」で満足し、事業側が「利益・商機」を求めるという、組織内のKPIのズレという「動かない」問題を解消するために、生成AIやAIエージェントをいかに「共通言語」として機能させるかが鍵となります。これにより、研究の成果を事業の価値へとスムーズに変換することが可能になるのです。
2. マテリアルズインフォマティクスに関する活用事例紹介とエージェント型AIの活用模索 株式会社レゾナック 奥野 好成 氏
続いて、株式会社レゾナックの奥野好成氏より、同社が進めるデジタル技術のフルライン戦略と、現場実装のリアルな取り組みが紹介されました。

データパイプラインとMIの実践
レゾナックでは、電子実験ノート(ELN)を中核としたデータパイプラインを構築し、実験記録を自動で構造化データとして蓄積する仕組みを運用しています。これにより、研究者と解析者の手間を削減し、解析サイクルの高速化を実現しています。
具体的なマテリアルズ・インフォマティクスの成果として、以下の事例が挙げられました。
- ポリマー特性解析
機械学習を用いることで、従来は量子化学計算(DFT)で53時間かかっていた屈折率予測が、わずか0.25秒で、かつDFTと同等の精度で実行可能となりました。 - ベイズ最適化による試行錯誤の削減
AI活用により、無作為な探索と比較してターゲットポリマーの発見に必要な試行回数を1/42に低減しました。 - 高強度アルミ合金探索
深層学習(トランスフォーマー)の自己アテンション概念を元素間関係に適用し、複雑な相分率の予測精度を劇的に向上させました。
現場に根ざした生成AI「Chat Resonac」
同社は、2024年1月より独自システム「Chat Resonac」を展開しています。このシステムは単なるチャットボットではなく、以下の課題を解決するために設計されました。
- 社内知見の継承
過去の膨大な手書き文書がAI-OCRとプロンプトエンジニアリングで高精度にデジタル化され、ベテラン社員の暗黙知を若手に受け継ぐ架け橋となっています。 - 部門横断的なデータ活用
RAG(検索拡張生成)技術を用い、部門横断的なデータ活用を実現しつつ、特定の機密情報については社内の限定的なメンバーのみが参照できるという安全な環境を構築しています。
「両利き人材」の育成ロードマップ
奥野氏は、「ビッグデータがない材料R&Dの世界では、熟練者の方がデータ科学より上であることが多い。しかし、『熟練者×データ科学』ならもっと面白い未来が描ける」と語りました。 同社では、全社員を対象に、統計リテラシーを持つ「ベース人材」、部署のハブとなる「準エキスパート」、そして高度な専門性を持つ「エキスパート」の3レイヤーで人材育成を進めています。
2030年には研究組織の全員がDXリテラシーを持つ状態を目指し、社内認定制度や「DS(データサイエンティスト)塾」を通じて、着実にその数を増やしています。
3. エージェント型AIによる素材開発の自律化:知見を資産に変え、戦略的探索を加速する次世代R&Dシステム エンソート合同会社
最後に、エンソート合同会社の佐藤祐樹と山本海が、現在のR&Dを取り巻く世界情勢と、エージェント型AIがもたらす革新について語りました。

R&D分野における生成AI活用の現状と課題
現在、多くの企業がChatGPTやGeminiといった「水平型AI(汎用AI)」を導入し、文章作成や要約などの一般業務で成果を上げています。しかし、科学知識や専門的なワークフローが要求されるR&D現場においては、これら汎用AIだけでは不十分です。
マッキンゼーの調査「生成AIがもたらす潜在的な経済効果」によれば、R&Dは生成AIによって年間最大4.4兆ドルの価値を生み出すポテンシャルを持ちながら、導入の成熟度が最も低い分野の一つとされています。エンソートは、このギャップを埋める鍵として、サイエンスとドメイン特有の文脈を理解する「垂直型AI(特化型AI)」への移行を提唱しました。
「エージェント型AI」とは何か
従来のAIがユーザーの指示に対して「回答」するだけだったのに対し、エージェント型AIはユーザーが設定した「目標」に基づき、自ら「計画」を立て、「ツール」を自律的に駆使してタスクを完遂します。
構造的には「LLM(大規模言語モデル)+外部ツール+制御機構(ラッパー)」で構成され、状況に応じて動的にソフトウェアを実行するような挙動を示します。これにより、例えば「新規の青色発光分子を設計して」という目標に対し、AIが自ら文献を調査し、分子構造を生成し、物性予測ツールを回して結果を提示するといった、一連の研究プロセスを自律化することが可能になります。
差別化の源泉は「AIを用いたループの設計」
今後、競合との差別化を図っていくためは、単にLLMを使うだけではなく、自社の実験装置や評価系、独自データと接続された「止まらないエージェント」を構築することが重要となります。 「実験→解析→予測→実験」のループを自動化し、失敗データすらも「行ってはいけない場所」としてAIに学習させる。このデータフライホイールを回し続けることで、他社が模倣できない圧倒的な競争優位性が生まれます 。
様子見という最大のリスク
世界の競合、特に米中企業はすでに「業務効率化」を超え、「イノベーション創出」や「新製品開発の加速」を目的にAI投資を加速させています。AIによるR&Dの高度化は「複利」で成長するため、今日投資しないことは将来の「知識の利息」を放棄することと同義です。佐藤は、「完璧を求めて待機することは、取り返しのつかない格差を招く」と、早期着手の重要性を強調しました。
4. まとめ:Scientific Architectへの進化
本セミナーを通じて共通していたメッセージは、「AIは研究者を代替するのではなく、拡張するものである」という点です。
これからの研究者は、AIが従うべき「プロセス」を設計し、改善する「Scientific Architect(サイエンティフィック・アーキテクト)」としての役割を担うことになります。プロセスのループをエージェント型AIによって高速に回し続けることにで、人間は本来の専門性を最大限に発揮し、より創造的な探索に「AIと共に」取り組むことできる環境が整いつつあります。
マテリアルズ・インフォマティクスとエージェント型AIの融合は、もはや遠い未来の話ではありません。今すぐプロセスのデジタル資産化を始め、AIと共に歩む次世代のR&D体制へと舵を切ることが、市場における勝利への唯一の道と言えるでしょう。
エージェント型AIの本質やその重要性、さらに素材・化学R&Dにおける導入戦略や具体的なインパクトについては、こちらのオンデマンド動画で詳しく解説しています。
ぜひ動画もあわせてご覧ください。
エージェント型AIの最前線を読み解く: 素材・化学R&Dリーダー向け 戦略セッション
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