コンカレント材料設計:AIで実現する次世代アプローチ

 

本記事は、エンソートが東京で開催した「2025 R&D イノベーションサミット」において、マイケル・ハイバー博士がプレゼンテーションした内容をもとにしています。

サミットでのプレゼンテーションの内容は、MONOistでも紹介されております。MONOistの取材記事は『SpaceXやAppleに見る、日本のモノづくり力を過去の栄光とした先進の材料設計とは』からご覧ください。

また、サミットでの実際のプレゼンテーションの録画は、『マテリアルズ・インフォマティクスによる材料の発見と製品開発』からご覧いただけます。


この10年間で、AI技術は従来のR&D学習サイクルにますます統合され、ターゲット用途に適した特性や性能を持つ材料の創出を目指す取り組みが進んできました。AIは、科学者がデータを収集・処理するのを支援し、その後、化学構造、配合、加工条件など、開発プロセスの入力変数をどのように調整するかという難しい意思決定も支援します。

こうした動きは、新しいAI技術によってさらに加速し、一部のケースでは完全自律での運用が可能になるまでに至っています。この加速は、多くの産業に広範な影響を及ぼす新しいエンジニアリング・パラダイムの幕開けを意味します。

 

シーケンシャルからコンカレントな材料設計へ

1980年代、複雑な製品エンジニアリングの分野では、シーケンシャル(順次)型からコンカレント(並行)型のエンジニアリングへの大きな転換がありました。これは、製品ライフサイクルの初期段階から設計・製造・マーケティングなどの機能を統合するという、現在では広く確立された手法です。このパラダイムシフトは製品イノベーションを大幅に加速させ、この手法を早期に採用した企業は世界的な成功を収めました。

 

しかし、材料R&Dの基盤的な課題は依然としてボトルネックのままでした。 材料の発見・開発が依然として非常に遅かったため、材料技術者はほぼ固定的な選択肢の中から材料を選ばざるを得ず、材料特性を製品設計と並行して最適化するのではなく、所与の条件として扱ってきました。その結果、製品設計の制約や、統合的なイノベーションの機会を逃すことが多く、製品全体としての最適解ではなく部分最適に陥ることが少なくありませんでした。

一方で、コンカレント材料設計では、材料開発をそれが組み込まれる製品と同じペースで進められるようになります。 これは、製品設計・加工条件・製造と材料設計を初期コンセプト段階から同時に統合・最適化することに特化しています。

この「加速」は段階的ではなく、変革的です。 AIによって加速されたR&Dにより、リアルタイムかつ反復的な材料最適化が可能となり、材料設計の自由度が飛躍的に拡大します。その結果、真に優れた差別化製品の創出が可能となります。Dow、Covestro、3M、Apple、SpaceX、Teslaといった先進企業はすでにこの手法を採用しており、製品エンジニアリングと材料イノベーションにおけるAI活用が製品差別化の鍵であることを理解しています。

 

AIがもたらすコンカレント化の推進力

では、AIはどのようにしてこの飛躍を可能にしているのでしょうか。その答えは、科学R&Dを急速に変革している3つの重要なAI能力の相乗効果にあります。それが「高度最適化」「生成AI」「エージェント型AI」です。

高度最適化:複雑性の低減と性能の実現

従来の最適化手法は、産業材料に固有の複雑性、つまり高次元の入力変数、不連続なパラメータ(特定の化学構造や加工工程など)、複雑な制約(合成の実現性、コスト、規制遵守など)、および逐次ではなくバッチで取得されるノイズの多い実験データ、に苦戦してきました。

 一方、現代の高度なAIアルゴリズム(多目的最適化やベイズ最適化など)は、こうした複雑な課題を乗り越えるために設計できます。これによりR&Dチームは、既存製品の系統的なチューニングや新製品開発の指針を得られ、複数かつ相反する顧客要件を同時に最適化できます。結果として、材料性能の向上と製品仕様への効率的な到達が可能になります。

生成AI:未踏領域の設計空間を切り拓く

長年、R&DにおけるAIの強みは予測にありました。要するに既知の入力に基づいて特性を予測することです。しかし、ニューラルネットワークの新しいアーキテクチャや高度なアルゴリズムの発展により、単なる予測を超えた生成AIツールが登場しました。これらは、既存データからパターンを学習し、未知の領域に踏み込んでまったく新しい分子を提案できるため、アイデア創出と発見のアプローチを根本的に変えます。これにより、これまで想像もしなかった材料の能動的な発見や新仮説の迅速な生成が可能になります。

エージェント型AI:自律的に複雑なタスクを遂行

エージェント型AIは、複雑な計算、シミュレーション、その他の専門的な処理を必要とするタスクを遂行できる新しいカテゴリの特化型AIです。単一または複数のエージェント構成で、再現性のある高度なデジタルワークフローを実行しつつ、人間の専門知識や創造性に基づく探索的研究にも柔軟に対応できます。自然言語インターフェースを介して、高度なツールへのアクセスを研究初心者から熟練者まで民主化し、R&D組織全体が多様な手法を統合的に運用できるようにします。その結果、発見・開発のタイムラインが飛躍的に短縮されます。

 

R&Dリーダーにとっての意味

高度最適化・生成AI・エージェント型AIを組み合わせたコンカレント材料設計のインパクトは非常に大きく、次のような成果が期待できます。

  • 市場投入までの期間短縮:材料と製品設計を同時最適化することで、顧客やサプライチェーンとの開発サイクルを大幅に加速。
  • 製品性能の向上:全体最適化によって、製品機能や特性を飛躍的に向上。
  • 市場シェア・利益率の向上:より迅速かつ高度な技術サービスの提供により、顧客への付加価値と競争優位性を獲得。
  • 高い俊敏性:材料設計を迅速に反復・適応できるため、市場変化やサプライチェーンの変動、新規制への対応が容易に。

AIが材料イノベーションの可能性を拡張する今、この手法を早期に導入・活用する企業こそが、次世代の市場を定義する製品を生み出す側になるでしょう。

R&Dリーダーにとって、AIのもたらす機会は明確です。しかし、戦略ロードマップの策定と実行は簡単ではありません。エンソートはそのお手伝いができます。

ご相談はお問い合わせページからどうぞ。

 

#マテリアルズインフォマティクス #研究開発DX #AI #素材開発 #材料開発

コンカレント材料設計:AIで実現する次世代アプローチ

AIの高度最適化、生成AI、エージェント型AIの活用により、材料と製品を同時に設計・最適化するコンカレント材料設計についてご紹介します。開発スピードと自由度が飛躍的に向上させることで、性能向上や市場投入までの期間短縮、競争優位性の確立が可能となります。

Read More

「収益性の壁」を超える:AIの活用で機能性材料開発を戦略から再構築

スペシャルティケミカルおよび素材産業は、コモディティ化と価格競争の激化により、従来の差別化戦略では持続的成長が難しくなっています。こうした中、AIやマテリアルズインフォマティクス(MI)などの先端技術が、R&D戦略の再構築と成長再加速への有力な打ち手として注目されています。

Read More

研究開発組織の変革を成功させるためのパートナー選び

現在の競争が激しいR&D環境において、適切なテクノロジーパートナーを選ぶことは、組織にとって最も重要な意思決定の1つです。理想的なパートナーとは、単なるツールベンダーやシステムインテグレーターではなく、生産性を向上させ、イノベーションを加速し、競争力を引き出す解決策を提供する科学的な専門知識と戦略的な洞察を兼ね備えた「変革の同志」です。

Read More

「AIスーパー・モデル」が材料研究開発を革新する

近年、計算能力と人工知能の進化により、材料科学や化学の研究・製品開発に変革がもたらされています。エンソートは常に最先端のツールを探求しており、研究開発の新たなステージに引き上げる可能性を持つマテリアルズインフォマティクス(MI)分野での新技術を注視しています。

Read More

デジタルトランスフォーメーション vs. デジタルエンハンスメント: 研究開発における技術イニシアティブのフレームワーク

生成AIの登場により、研究開発の方法が革新され、前例のない速さで新しい科学的発見が生まれる時代が到来しました。研究開発におけるデジタル技術の導入は、競争力を向上させることが証明されており、企業が従来のシステムやプロセスに固執することはリスクとなります。デジタルトランスフォーメーションは、科学主導の企業にとってもはや避けられない取り組みです。

Read More

産業用の材料と化学研究開発におけるLLMの活用

大規模言語モデル(LLM)は、すべての材料および化学研究開発組織の技術ソリューションセットに含むべき魅力的なツールであり、変革をもたらす可能性を秘めています。

Read More

材料科学研究開発ラボのデジタルトランスフォーメーション

「デジタルトランスフォーメーション」「機械学習」「…

Read More

科学研究開発における効率の重要性

今日、新しい発見や技術が生まれるスピードは驚くほど速くなっており、市場での独占期間が大幅に短縮されています。企業は互いに競争するだけでなく、時間との戦いにも直面しており、新しいイノベーションを最初に発見し、特許を取得し、市場に出すためにしのぎを削っています。

Read More

R&D イノベーションサミット2024「研究開発におけるAIの大規模活用に向けて – デジタル環境で勝ち残る研究開発組織への変革」開催レポート

去る2024年5月30日に、近年注目のAIの大規模活用をテーマに、エンソート主催のプライベートイベントがミッドタウン日比谷6FのBASE Qで開催されました。

Read More

科学研究開発における小規模データの最大活用

多くの伝統的なイノベーション主導の組織では、科学データは特定の短期的な研究質問に答えるために生成され、その後は知的財産を保護するためにアーカイブされます。しかし、将来的にデータを再利用して他の関連する質問に活用することにはあまり注意が払われません。

Read More